心の糸は、静かに切れた
私の心の中には、今も修復できずにいるものがあります。
それは、東日本大震災の翌日の出来事でした。
震災当日、私は自宅へ帰ることができませんでした。命からがら避難し、親戚の家で一夜を過ごしました。翌朝、わずかに残ったガソリンを気にしながら、それでも家族の安否を確かめたい一心で山道を越え、自宅へ向かいました。
町は変わり果てていました。
途中から車は進めず、歩くしかありませんでした。役場まで来ると、見渡す景色はまるで空襲を受けた後のようで、道路がどこにあったのかさえ分からないほどでした。
昔、子どもたちを預けていた保育園の脇にあった細い抜け道を思い出し、私は家へ向かいました。ようやく我が家が見えた瞬間、全身の力が抜けました。
津波にも火災にも巻き込まれず、家はそこにありました。夫と息子、そして高齢の義母も無事でした。夫の姿を見つけた私は、思わず駆け寄りました。
「みんな無事だった?
帰れなかったから心配したでしょう。」
私はそう声をかけました。
返ってきた言葉は、今でも忘れることができません。
「いや、心配なんかしてない。お前なら生き延びると思っていた。」
その瞬間、私の時間は止まりました。
あれほど必死に帰ってきた私が欲しかったものは、たった一言でした。
「無事でよかった。」
その言葉だけで十分だったのです。
私は強く見えるのかもしれません。でも、本当は誰かに「よく帰ってきたね」と抱きしめてほしかった。
震災は、多くの人の人生を変えました。
夫婦の絆が壊れた人。
親戚との関係が途絶えた人。
逆に、それほど親しくなかった人から思いがけない温かさを受け取った人。
私自身も、人とのつながりを見つめ直す出来事がいくつもありました。
そんな中、震災からしばらく経ったある日、居間のこたつの上に夫名義の銀行通帳が置かれていました。開いてみると、大きな金額が入金されています。
話を聞くと、亡くなった義父名義だった土地が、復興道路の建設のため買い取られ、その代金が振り込まれたということでした。
その土地の固定資産税は、長年私が払い続けてきたものでした。それなのに、その話は一度も聞かされていませんでした。
さらに知ったのは、夫が弟と相談し、印鑑証明まで変更して、私に知らせることなく手続きを進めていたという事実でした。
私はお金が欲しかったわけではありません。
ただ、一緒に暮らし、家族を支え、苦しい時代を共に歩いてきた相手から、何も知らされなかったことが悲しかったのです。
長い間、家計を支えてきた私は、その事実に力が抜けました。
私はそのお金を銀行で定期預金にし、一度に渡すのではなく、贈与税がかからない範囲で毎年少しずつ義弟へ送ることにしました。
義父が家族のために残してくれた大切なお金だからこそ、大事に扱いたかったのです。今振り返っても、あの判断で良かったと思っています。
けれど、私の心は違いました。
震災の日にかけてもらえなかった一言。
そして、その後に知った隠し事。
その二つが重なった時、私の心の糸は静かに切れてしまいました。切れた糸は、結び直すことはできても、元通りには戻りません。
夫婦とは、同じ家で暮らし、子どもを育て、苦労を分かち合うだけでは築けないものなのだと知りました。
信頼は、思いやりのある言葉と、誠実さの積み重ねで育まれるものです。
私が求めていたのは、お金でも特別な幸せでもありません。
「無事でよかった。」
その一言と、隠し事のない誠実な心。
それだけだったのです。
人生は長いようで短いものです。
だからこそ、大切な人とは、毎日を笑顔で、心豊かに歩いていきたい。
今は、そんな穏やかな日々を願っています。
穏やかな日々を願いながら…
FKJ – Moments (Part 1)
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