幸せの中の孤独
その人と出会ったのは、もう三十年以上も前のことだったと思う。
仕事で関わりのあったデザイナーの方で、そのセンスの良さには目を見張るものがあった。最初は遠くから眺めているだけの存在だったが、震災をきっかけに私たちの距離は急に近づいた。
後になって彼はこう言った。
「あなたには家庭があったから遠慮していた。でも震災の時に思ったんだ。もし死んでしまったら、“好きだ”という気持ちさえ伝えられないって」
その言葉を聞いた時、私は素直に嬉しかった。
当時はまだLINEが普及していなかったのか、それとも私が使い方を知らなかっただけなのか、私たちは時折メールを交わすようになった。
彼から届く文章はどれも温かく、思いやりに満ちていた。私はいつしかメールを心待ちにするようになり、受信箱には彼からのメッセージが次々と積み重なっていった。
日々の暮らしの中で、そのメールだけが私の心を華やがせる特別な存在だった。
やがてLINEの時代になっても、私たちは変わらずメールを送り合った。そのため保存された受信メールのほとんどは、彼からのものになっていた。
けれど、彼からの好意を嬉しく受け止める一方で、私の中には別の感情が生まれていた。
孤独だった。
彼はかなり年下の独身男性だった。こんなにも年上の既婚者に心を向けていてはいけない。そう思い、私は少しずつ距離を置くようになった。
それなのに、メールが来なくなると寂しかった。
距離を置いたのは自分のはずなのに、
「誰か好きな人ができたのだろうか」
そう考えては胸がざわついた。
「私への気持ちは、ただの気まぐれだったのかもしれない」
そんなふうに落ち込むこともあった。
誰かの心を手にしたと思ったその瞬間から、その心を失うことへの恐れが生まれる。
恋とは不思議なものだ。
誰かを好きになる喜びと同時に、不安や孤独まで抱え込んでしまう。
こんなことなら恋などしなければよかった――。
そんなふうに思ったこともあった。
気の合う仲間や、少し年下のボーイフレンドくらいの関係でいられたなら、どれほど気楽だっただろう。
メールがしばらく届かないだけで、こんなにも心が揺れることはなかったのだから。
そしてある日、私は思い切って長年大切に保存していた彼からのメールをすべて削除した。
自分自身を自由にするためだった。
しばらくして、彼から一通のメールが届いた。
「結婚しました」
その知らせを読んだ時、私は心から良かったと思った。
そして同時に、
「これで良かったんだ」
と、自分に言い聞かせていた。
ただ一通だけ。
最後に彼から届いたメールだけは、今も削除できずに残してある。
そこには一曲の歌と、こんなメッセージが添えられていた。
「さようなら。
これ以上うまくはいかないみたいだ。
それでも願っているよ。
青い鳥が春を運んできますように。
でも何より、
君に愛がありますように。
胸が痛む夜には、
誰かがそばにいてくれますように。
君を抱きしめ、
決して離さない人がいますように。
そして君の心がいつも温かく、
幸せでありますように。
誰かがそっとささやき、
『君を好きだ』と言ってくれますように。
でも何より、
君に愛がありますように」
私はその言葉を、とても穏やかな気持ちで受け止めた。
彼が幸せになったことを嬉しく思った。
そして今も私は、幸せを願う気持ちを胸に抱きながら、静かな孤独とともに日々を生きている。
けれど、それでいいのだと思う。
誰かを心から愛した記憶は、失われるものではない。
たとえ人生を共に歩めなくても、その人がいてくれた時間は確かに私を温め、支えてくれたのだから。
あの最後のメールは、今も私の心のどこかで、静かに春を待つ青い鳥のように羽を休めている。
素敵な思い出をこの曲にのせて…
L’Amour, Les Baguettes, Paris – 스텔라장 [더 시즌즈-최정훈의 밤의공원] | KBS 230630 방송
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