Essays & Music

⭐︎Furusatono Genfukei

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作業着の住職

熱海から少し足を延ばした伊豆山、十国峠の近くに、海を見下ろす「熱海日金山霊園」があります。

私は、作家・隆慶一郎さんのお墓参りで、ここを何度も訪れています。そして、そのたびに必ず立ち寄る場所がありました。

お墓の下を車で降りていくと「日金山東光寺」があります。

私は、そこが「東光寺」というお寺であるにもかかわらず、長い間、神社だと思っていました。

日金山は、古くから伊豆山神社とも深い関わりを持つ、神聖な場所である。伊豆の神々が集う聖地として信仰され、山そのものが「神の山」として崇められてきたという。東光寺のある場所も、かつては伊豆山神社の元宮とされる神聖な場所だったようです。

そんな山の中にある東光寺で、私はいつも一人の若い住職に出会っていました。

背が高く、親しみやすい方だった。
「ご一緒に写真を撮らせていただいてもいいですか?」そうお願いすると、「今、着替えてきますので、少しお待ちください」
と言って、作務衣からお坊さんらしい衣に着替えて出てこられる。

そして、毎回一緒に写真を撮ってくださった。

ある時、私は笑いながら、
「今日は作務衣のままで結構ですよ」
と言った。

だから私のアルバムには、きちんとした僧衣姿の住職だけでなく、作務衣姿の住職の写真も残っている。なぜ、いつも作務衣姿だったのか。
それを知ったのは、後になってからのことでした。

住職は、荒れた境内をほとんど一人で手入れしていたのだという。

草を刈り、山道を整え、境内を掃除する。

一日中、泥だらけになりながら、黙々と働いていた。お坊さんというより、まるで一人の熱心な作業員のようだった。

けれど、その姿こそが、あの場所を守っていたのだと思う。

そんな東光寺を最後に訪れた時のことだった。

私は、すぐに何かがおかしいことに気づいた。
山道は荒れ、草が生い茂っている。以前とは明らかに違っていた。人の手が入らなくなると、自然は驚くほど早くその場所を覆ってしまう。

その光景を見た瞬間、私は悟ったのでした。

「ああ、もう住職はいないのだ」と。

後で知った。
あの若い住職は、宮城さんという方だった。
熱心で、若く、親しみやすく、誰よりも東光寺を大切にしていた。その宮城住職が、2021年の初夏、若くして突然この世を去られたという。あまりにも早すぎる突然の知らせに、私は大きな衝撃を受けました。

今でも、住職との小さなやり取りを思い出すのです。

以前、境内でお地蔵さまを買おうとしたことがありました。
商売繁盛、家内安全、健康……。
どれにしようか迷った私は、つい、
「全部ください」
と言った。

すると住職は、
「欲張りだなぁ。どれか一つにしなさい」
と笑った。

あの時の声が、今でも聞こえてくるような気がする。住職がいなくなった東光寺は、少し寂しくなった。

あれほど手をかけていた人が突然いなくなれば、山も境内も、その人の不在を隠すことはできない。

草の生い茂った山道を見ると、私は今でも、泥だらけの作務衣姿で黙々と働いていた住職を思い出す。

そして、あの日一緒に撮った写真を見る。
あの写真は、ただの記念写真ではない。
「一緒に撮りたい」という私のわがままを、毎回笑顔で受け入れてくださった住職の優しさが、そこに残っているのです。

だから、私にとっては特別な一枚。

いつかまた、日金山を訪れることがあったら、東光寺にも立ち寄ろう。そして、心の中でこう声をかけたい。

「住職さん、また、来ましたよ」

きっと、あの優しい笑顔で、
「今度は何を買うんですか? 欲張っちゃだめですよ」と、笑ってくれるような気がする。

ーーー
作業着の住職を思い出して…

Furusatono Genfukei

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