お婆ちゃんの戒名
私が、今でもひとつだけ暗記している戒名があります。
「満峰妙寿大姉」。
私が「お婆ちゃん」と呼んでいた人の戒名です。
お婆ちゃんの名前は、満寿枝(ますえ)と言いました。けれど、皆からは親しみを込めて「満寿姉(ますねぇ)」と呼ばれていました。
決して美人というわけではありませんでしたが、子どもの私から見ても、とても粋で、魅力のある人でした。曲がったことが大嫌いな人でしたから、「道徳」の本を読むより、お婆ちゃんと一緒に暮らしていたほうが、人として大切なことを教わるような気がしていました。
ただ、ひとつ訂正しなければなりません。
私が「お婆ちゃん」と呼んでいた人は、実は父の姉でした。
お婆ちゃんは膵臓癌を患い、六十三歳で亡くなりました。その時、私は中学生でした。
私が生まれた時から、ずっと同じ床で眠っていた人です。だから「お婆ちゃん」と呼んでいても、私にとっては、母親に近い存在だったのだと思います。
今では、六十三歳といえば、まだまだ若い年齢です。けれど、手元に一枚だけ残っている写真を見ると、当時のお婆ちゃんは、今の感覚では八十歳と言ってもおかしくないほど老けて見えます。
上半身裸になって、畑でえんどう豆を採っている写真です。胸は垂れ、顔には深い皺が刻まれている。それでも私にとっては、世界でいちばん大切なお婆ちゃんでした。
亡くなったお婆ちゃんの姿を間近で見ても、私はどうしても死を受け入れることができませんでした。
ただ泣き続けました。
お通夜の時も、葬儀の間も、悲しいというより、行き場のない感情を抱えて、怒ったような顔をしていたことを覚えています。
そして、長いお通夜の間、お婆ちゃんの姉妹たちが花札をしていたことにも腹を立てていました。
「どうして、こんな時に花札なんかしているの」
子どもの私は、そんなことまで思っていたのです。
けれど今思えば、それぞれが、それぞれの方法で悲しみと向き合っていたのでしょう。
お婆ちゃんがいつも着ていた、渋い色の着物。
その着物には、お婆ちゃんの匂いが染みついていました。ほんの少し、金木犀のような、甘くて懐かしい香りでした。
私はお通夜の晩、その着物を身にまとい、着物が濡れてしまうほど泣きました。
あれが、私の人生で初めて知った「大切な人を失う」という悲しみだったのだと思います。
そして私は、仏壇に置かれていたお婆ちゃんの位牌を、思わず懐に入れました。
誰にも渡したくなかったのかもしれません。
その位牌に刻まれていた名前が、
「満峰妙寿大姉」。
誰が、この戒名を授けてくださったのか、私は知りません。けれど、これほどお婆ちゃんに似合う名前はないと思っています。
「満寿枝」という名前から「妙寿」へ。
峰のように揺るがず、長く生きる人のような、その響き。私にとっては、今でも特別な名前です。
以前、誰かに「あなたの背後には三人の霊が見える」と言われたことがあります。
それが本当なのかどうか、私には分かりません。ただ、これは理屈ではなく、私自身が時々感じることなのですが――
私の背後には、いつも「満峰妙寿大姉」のお婆ちゃんがいるような気がするのです。
叱られるようなことをした時には、少し背筋を伸ばしてみる。迷った時には、お婆ちゃんならどうするだろうと考えてみる。
そうすると、不思議と心が定まることがあります。
六十三歳で、この世を去ったお婆ちゃん。
あれから、もう長い年月が流れました。
それでも私は、今もお婆ちゃんを忘れることがありません。
お婆ちゃんは、私の記憶の中だけにいるのではない。私が生きている限り、私の中にいるのだと思います。
「満峰妙寿大姉」。
私は今でも、この名前を忘れていません。
そして――
お婆ちゃんは、いつも私の側にいます。
ーーー
お婆ちゃんとの思い出を噛みしめて
Sasha Alex Sloan – Dancing With Your Ghost (Lyric Video)
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