山縣有朋の庭に惹かれて
ずいぶん前に、京都を訪れたときのことです。
京都には、心惹かれる場所が数多くありますが、その中でも私は、いつも長居してしまう場所があります。高桐院と無鄰菴です。
とりわけ無鄰菴は特別でした。建物から庭を眺め、縁側を降りては、庭の隅から隅までゆっくり歩いたことを、今でもよく覚えています。
そこは、山縣有朋の別荘として造られた場所でした。そして「無鄰菴」は、日本庭園の常識を覆した近代庭園の傑作として知られているのだそうです。
施主である山縣有朋の鋭い美意識と、七代目・小川治兵衛の卓越した作庭技術。その二つが融合して生まれた庭は、驚くほど私の感性にしっくりと馴染みました。年月を経た今でも、その景色は鮮やかに脳裏に浮かびます。
山縣有朋という名前が、私の中で忘れられないものになったのは、その後でした。
私が昔から好きだったホテル「椿山荘」が、かつて山縣有朋の邸宅と庭園のあった場所だと知ったのです。
明治十一年、山縣有朋は私財を投じて現在の椿山荘の土地を購入し、「椿山」にちなみ、その名を「椿山荘」と名づけました。時代の流れの中で藤田財閥へ受け継がれましたが、第二次世界大戦の空襲によって、広大な邸宅も庭木も焼失してしまいます。その後、小川栄一によって復興が進められ、現在の椿山荘へと受け継がれていきました。
今では都会のオアシスとして、多くの人に親しまれています。椿や桜、初夏の新緑、秋の紅葉――四季折々に美しく表情を変える庭園は、訪れるたびに心を和ませてくれます。
五月中旬から六月末にかけては蛍が舞い、私も何度かその季節に宿泊しました。夜の庭にふわりと浮かぶ光景は、まるで夢の中の景色のようでした。
それにしても、山縣有朋が愛した美意識に、自分の感性と重なるものを感じることが、私は少し嬉しいのです。
そして、もう一つ。私が山縣有朋という人物に惹かれた理由があります。
浅田次郎さんの小説『天切り松 闇がたり』です。
当時の私は浅田次郎作品が大好きで、ほとんどすべて読んでいたと言ってもいいほどでした。その中でも『天切り松』は特別な存在で、ミュージカルカンパニー・イッツフォーリーズの舞台も、何度も観に行きました。
シリーズ第二巻などに描かれるのは、女スリのおこん姐さんと山縣有朋との、淡く切ない交流です。
おこん姐さんが山縣の屋敷に忍び込み、懐中時計を盗み出す場面。そこには、権力の頂点に立ちながら孤独を抱える老政治家と、泥棒でありながら筋の通った粋な女との、不思議な情愛が描かれていました。
年齢も立場もまるで違う二人が、互いに惹かれ合っていく――その描写が私はたまらなく好きでした。
もちろん小説はフィクションです。それでも読んでいるうちに、私はすっかりおこん姐さんの気持ちになっていました。そして気づけば、空想の中の山縣有朋に恋をしていたのです。
そんなふうに、私の好きな場所や物語の中には、不思議といつも山縣有朋が現れます。
吉田松陰の松下村塾で出会った伊藤博文と山縣有朋は、身分に関係なく学べる塾で同志となりました。同じ師のもとで学び、命がけで時代を駆け抜けたからこそ、後に政治的に対立しても、最後には互いを信頼していた――そんな逸話を知ったとき、私はますます山縣有朋という人物に興味を抱きました。
そして、おこん姐さんのように、一度でいいから実際に会ってみたかった、と想像するのです。
国の頂点に立つ政治家として生きた山縣有朋は、きっと深い孤独を抱えていたのでしょう。その心を癒やしたのは、彼が愛した広大な自然と庭園だったのかもしれません。
そして彼の美意識は、時代を越え、今もなお無鄰菴や椿山荘の風景の中に静かに息づいているように思うのです。
山縣有朋の孤独な心を感じながら…
Blue Bird
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