プリンシプルを貫いた男
私が「日本人で一番かっこいい」と思う男がいる。その人の名は、白洲次郎。
昭和初期の実業家であり、戦後は吉田茂の側近として、GHQ(連合国軍総司令部)と渡り合った人物である。GHQから「従順ならざる唯一の日本人」と評されたという逸話も残っている。(講談社)
何がそんなにかっこいいのか。
まず、終戦直後のエピソードが強烈です。
昭和天皇からマッカーサーへのクリスマスプレゼントを届けた際、その扱いに腹を立て、「床に置くな」と叱ったと伝えられています。
当時のマッカーサーは、日本において絶大な権力を持つ存在だった。その相手に対して、ひるむことなく言葉をぶつける。
想像するだけで、こちらまで背筋が伸びる。
けれど、白洲次郎は、ただ気の強い男だったわけではありません。
敗戦によって日本が占領され、何もかもがGHQの影響下に置かれていた時代に、彼は日本人としての誇りを失わなかった。
「われわれは戦争に負けたが、奴隷になったわけではない」
この言葉は、白洲次郎という人を、そのまま表しているように思う。
戦争には負けた。
だからといって、人間としての誇りまで捨てる必要はない。
相手が誰であろうと、自分が正しいと思うことは曲げない。それこそが、彼のいう「プリンシプル」だったのではないだろうか。
白洲次郎には、「イケメン」「お洒落」「英国仕込み」「育ちがいい」など、外見的な魅力もたくさんある。実際、晩年までダンディズムを貫いた人物として知られている。
けれど、私が惹かれるのは、そこではない。
本当にかっこいいのは、権力にも肩書きにも、人の目にも媚びない、その内面の強さだ。
「NO」と言うべき時には、相手が誰であっても「NO」と言う。
それは、頑固ということではない。
自分の中に一本の揺るがない軸を持っているということだ。
そして、その生き方は最後まで変わらなかった。
1985年、83歳で亡くなった白洲次郎の遺言は、「葬式無用、戒名不用」。
なんとも白洲次郎らしい最後である。実際、この遺言によって戒名は残されていない。
生きている間は、権威に媚びない。
死んだ後も、形式に縛られない。
富も名声も手にした男が、最後までそれらに執着しなかった。
白洲次郎が私に教えてくれるのは、
「どう生きるか」ということなのかもしれない。
時代がどれほど大きく変わっても、
相手がどれほど強大でも、
自分の中の「プリンシプル」だけは手放さない。そんな生き方ができたら、どんなに素敵だろう。
だから私は、今でも思う。
白洲次郎は、最後まで――
やっぱり、カッコ良かった。
ーーー
今夜は、チェット・ベイカーの曲を
聴きながら、シングルモルトを一杯
白州次郎を偲んで…
誰かが私を見つめている
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