恋唄に秘められた想い
茨木のり子の詩「恋唄」と出会ったのは、感性の近い友人から一冊の詩集を贈られたことがきっかけでした。
名前は以前から知っていましたが、その詩をじっくり読むのは、このときが初めてでした。そして、その中で私の心に深く刻まれた一篇が「恋唄(こいうた)」です。
この作品は、茨木のり子の没後、自宅で見つかった詩で、2007年に刊行された詩集『歳月』に収められています。
茨木自身が「あまりに私的で照れくさいから」という理由で、生前は編集者にも見せることなく、大切にクッキー缶の中へしまっていたそうです。そのエピソードを知るだけでも、この詩が彼女にとってどれほど特別な存在だったのかが伝わってきます。
著作権の関係で全文をご紹介することはできませんが、よく知られている冒頭には、
「肉体をうしなって、
あなたは一層 あなたになった」
という一節があります。
さらに、
「純粋の原酒(モルト)になって
一層わたしを酔わしめる」
という言葉が続きます。
愛する人が亡くなったことで、その存在が薄れてしまうのではなく、むしろ余分なものが削ぎ落とされ、その人の本質だけが心の中で鮮やかに生き続ける――。そんな深い愛の在り方が、この短い言葉の中に凝縮されているように感じました。
詩の後半では、「恋に肉体は不要なのかもしれない」と語りながらも、同時に「肉体を通してしか得られなかったもの」への切ない喪失感も静かに描かれています。
精神だけでは語れない愛。けれど肉体だけでもない愛。
その両方を見つめ続けたからこそ生まれた、大人の恋愛詩なのだと思います。
私は、この詩を読んで、「愛とは終わるものではなく、形を変えながら生き続けるものなのだ」と感じました。
とりわけ、
「肉体をうしなって、あなたは一層あなたになった」
という一節は、一度読んだだけで忘れられない言葉になりました。
目の前からその人の姿が消えても、その人は心の中でこれまで以上に鮮やかに生き続ける。魂の存在は、時間も距離も超えて、かえって深く刻まれていく。
それこそが、次元を超えた究極の愛のかたちなのではないか――そう思うと、胸が熱くなりました。
私は、この詩の「あなた」は、茨木のり子が生涯ただひとり愛し続けた夫、三浦安信氏なのではないかと思っています。
もちろん、それは読み手である私の想像にすぎません。しかし、だからこそ、この詩は一人の女性が最愛の人へ宛てた、誰にも見せるつもりのなかった、あまりにも純粋で情熱的なラブレターのようにも思えてならないのです。
本当に想いが深いときほど、人は何ひとつ言葉にできないものなのかもしれません。
言葉では届かないものを、それでも言葉で伝えようとする。そのもどかしさと美しさが、この「恋唄」には宿っています。
私には、この詩を超える愛の表現はまだ見つかりません。
けれど、この詩を読み終えたあと、不思議と誰かに恋文を書いてみたくなりました。
こんな曲を聴きながら…
Can’t Help Falling In Love (Live At Lake Las Vegas / 2005)
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