STARNET夢を継ぐ者たち
馬場浩史さん、和子さんご夫妻と初めて出会ったのは、東京・恵比寿にあった小さなギャラリーでした。
ある日、前を通りかかった私は、その場に漂う独特の雰囲気に思わず足を止めました。けれど不思議なことに、その店で何が売られていたのかは、今でもはっきり思い出せません。ただ、そこが格別に心地よい場所だったことだけは鮮明に覚えています。
上京するたびに私はその店を訪ねました。すると和子さんは、いつも温かく迎え入れ、お茶を淹れてくださいました。
そんなある日、和子さんから「店を栃木県益子町へ移そうと思っているの」と聞かされました。
その後、ご夫妻は自然豊かな益子の地に、衣・食・住を軸とした創造的な自給自足の暮らしを提案する「STARNET」をオープンされました。地域の無農薬野菜を使ったオーガニックカフェ、地元の陶芸家たちとともに新しい益子焼を生み出す工房、そして人々が集い、語り合う空間。そのすべてに、和子さんの西洋オートクチュールの技術と美意識、浩史さんの壮大な構想力が息づいていました。
オープンに先立つ12月、そこでコンサートが開かれると聞いた私は、友人とともに益子を訪れました。
張りつめるような冬の静寂のなか、バイオリンやヨーロッパの古楽器の音色が空間いっぱいに響き渡ります。私たちはお腹も空いていたはずなのに、最前列に座ったまま、そのあまりの心地よさに思わず眠り込んでしまいました。
それは退屈だったからではありません。
当時のSTARNETには、五感の奥深くまで染み渡るような「本物の心地よさ」がありました。空間と音、人と自然がひとつに溶け合い、心から安心して身を委ねられる場所だったのです。
益子に誕生したその場所は、まさに馬場さんの感性そのものでした。柱の色、蕨を混ぜ込んだ荒々しい壁の質感、棚の高さや配置に至るまで、一切の妥協がありませんでした。そのすべてが調和し、美しい空間を形づくっていたのです。
翌朝、馬場さんのご紹介で、前夜バイオリンを演奏されていた森田徹さんとお会いしました。
その時初めて、森田さんが建築家としてSTARNETの建築や内装を手がけ、さらに椅子のデザインまで担当されていたことを知りました。
そして不思議なご縁は続きます。
あれから二十年以上の歳月が流れましたが、森田さんご夫妻との交流は今もなお続いています。振り返れば、あの冬の益子での出会いが、新たな人生の扉を開いてくれたように思います。
馬場さんはその後、益子の土や原風景、文化を見つめ直す大規模な祭典「土祭」をプロデュースし、地域の魅力を全国へ発信されました。益子は単なる陶芸の町ではなく、人と自然、文化が響き合う場所として、多くの人々を惹きつけるようになりました。
私自身も店を営んできた経験がありますので、夢を形にすることの難しさはよく分かります。だからこそ、馬場さんが次々と理想を実現していく姿を目の当たりにしながら、「この尽きることのないエネルギーはどこから湧いてくるのだろう」と驚かずにはいられませんでした。
しかし2013年、馬場浩史さんは55歳という若さで突然この世を去られました。
ちょうどその頃、森田徹さん・久美子さんご夫妻のもとには、待望の男の子が誕生していました。その偶然の重なりに、私はふと「馬場さんが帰ってこられたのかもしれない」と感じたことを今でも覚えています。
もちろん、それは理屈ではありません。
けれど、人の命は終わっても、その人が遺した想いや志は、別の誰かの人生のなかで生き続けることがあります。
馬場さん亡き後も、その深い美意識と「自然に根ざした持続可能な暮らし」という理念は消えることなく受け継がれてきました。現在のオーナーをはじめ、STARNETを愛するスタッフやクリエイターたち、そして全国から訪れる多くの人々によって、大切に守られ続けています。
馬場さんが益子の地に蒔いた「自然と調和して美しく生きる」という種は、森田さんご夫妻をはじめ、あの場所に集った多くの人々の心に深く根を張りました。
そしてその精神は、まるであの日聴いたバイオリンの響きのように、目には見えなくとも確かに人から人へ伝わり、夢を受け継ぐ次の世代へと静かに響き続けているのだと思います。
今日は、懐かしいこの曲を…
Simon & Garfunkel – 「Bridge Over Troubled Water | 明日に架ける橋」 (日本語字幕ver)
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