刻んだ言葉は「Clementia」
私がお店をやっていた頃のことです。
あるアクセサリーのメーカーさんにお願いして、自分でデザインしたペンダントを作っていただいたことがありました。
私がデザインしたアクセサリーはいくつかありましたが、その中でも、最初に作っていただいたこのペンダントには、今でも特別な思い入れがあります。
表面には、私のお店の名前を象徴する「R」。
そして裏面には、一つの言葉を刻みました。
Clementia――クレメンティア。
「慈悲」「寛容」「許し」。
古代ローマで、人に対する寛大さや慈悲を意味した言葉です。なぜ、私はこの言葉を選んだのかーーそれには、ユリウス・カエサルが関係しています。
カエサルが紀元前48年に発行したデナリウス銀貨の一つには、女性の頭部が描かれ、その女性像は「Clementia(寛容)」を表したものではないか、と考えられています。後ろには「LII」というローマ数字が刻まれていました。
LII――52。
これは、カエサルがその銀貨を発行した時の年齢、52歳を示すものだと考えられています。カエサルの52歳の誕生日は、紀元前48年7月13日でした。(CNG Coins)
それを知ったとき、私は少し不思議な気持ちになりました。
なぜなら――
私がこのペンダントに「Clementia」という言葉を刻んだのも、52歳の時だったからです。
紀元前48年のカエサルと、現代を生きる私。
二千年以上も隔たった二人が、同じ52歳という年齢で、「寛容」という言葉に触れていた。
もちろん、そんなことに特別な意味があるわけではありません。けれど私は、そういう偶然が嫌いではありません。むしろ、時空を超えて、遠い昔の誰かとほんの少しだけ心が重なったような気がして、嬉しくなったのです。
カエサルが掲げた「Clementia」は、単なる優しさではありませんでした。
ローマの内乱では、勝者が敗者を処刑することも珍しくなかったようです。
そんな時代にカエサルは、敗れた者たちに対して「寛容」を示しました。敵を皆殺しにするのではなく、許す。憎しみを残すのではなく、相手を取り込む。それによって、戦いが終わった後のローマを安定させようとしたのです。
それは、単なる美徳というより、カエサルの政治的な思想でもあったのでしょう。
そして私は、そんなカエサルという人物に、別の意味でも興味を持つようになりました。
――とにかく、女性にモテたらしいのです。
これが、私がカエサルに興味を持った、かなり正直なきっかけでした。
もちろん、「ものすごい美男子だったから」という単純な話ではありません。たしかに彼はーー
知性があり、話術に長け、教養があり、身のこなしにも魅力があったようです。
そして何より、野心と権力を持っていたとのこと。人の心をつかむ才能があったのでしょう。
古代ローマの伝記作家スエトニウスは、カエサルが多くの名門女性を誘惑したことを記しています。(Penelope)
その中でも、ひときわ特別だった女性がいます。
セルウィリア。
そう、あのマルクス・ユニウス・ブルートゥスの母親です。
スエトニウスによれば、カエサルは数多くの女性の中でも、特にセルウィリアを愛していたといいます。彼女には非常に高価な真珠を贈り、内戦中にも土地を手に入れるなど、かなり特別な扱いをしていました。(Penelope)
なんとも、カエサルらしい話です。
天下を動かすほどの男が、惚れた女性には弱い。
……そう考えると、急にカエサルが身近な男性に見えてきます。
そして、さらに面白いのが、そのセルウィリアの息子です。
マルクス・ユニウス・ブルートゥス。
後に、カエサル暗殺の中心人物の一人となる人物です。歴史とは、本当に皮肉なものです。
母を愛した男と、その母の息子が、やがて「カエサルを殺す」という運命で結ばれることになるのですから。
そして、忘れてはいけないのがクレオパトラ。
カエサルとクレオパトラの関係は、恋愛だったのか、政治的な同盟だったのか。おそらく、そのどちらか一方だけではなかったのでしょう。
カエサルは、女性にモテたというだけではありません。人の心をつかむことに長けていたのです。
兵士には兵士の言葉で語り、敵には「許す」という姿勢を見せ、女性には知性と魅力で近づき、民衆には華やかな演出を見せる。
そして、自分の存在や思想までも、貨幣という小さな金属の上に刻み込んでいった。
人を動かすこと。
人を魅了すること。
そして、自分が生きた証を残すこと。
そこに、カエサルという人間の凄みがあるように思います。
そんな彼の「Clementia」という思想に、私はなぜか惹かれました。
「慈悲」。
「寛容」。
「許し」。
強い人間だからこそ、許すことができる。
勝者だからこそ、敗者に手を差し伸べることができる。それは、二千年以上の時を超えても、決して古くならない考えなのかもしれません。
そして不思議なことに――
52歳のカエサルが、その年齢を示す「LII」とともにClementiaを思わせる姿を銀貨に残した頃。
52歳の私は、自分の作ったペンダントに「Clementia」という言葉を刻みました。
カエサルが本当に何を思っていたのか、それはもう誰にも分かりません。
けれど私は今でも、この小さなペンダントを手に取ると、遠い昔のローマに思いを馳せます。
表には、私のお店の「R」。
裏には、Clementia。
そして今日も、それを胸に下げている。
二千年以上の時を超えて、一人の英雄が残した言葉と、私自身の人生が、ほんの小さなペンダントの中で重なっているような気がします。
カエサルの「Clementia」。
それは、敵を許すための言葉だったのかもしれません。
けれど今の私にとっては――
人を理解すること。
過去を許すこと。
そして、自分自身をも許すこと。
そんな意味を持つ言葉になっています。
歴史上の英雄だったカエサル。
女性の心をつかみ、敵の心をつかみ、民衆の心をつかみ、最後には私の心までつかんでしまった。なんという男でしょう。
私は今日も、胸元のペンダントをそっと握りしめます。
そして心の中で、二千年前の彼に語りかけるのです。
――カエサル。
あなたが刻んだ「Clementia」という思想を、私は今も胸に刻んでいます。時空を超えて。
そして、あなたの「寛容」は、今日も私の胸元で静かに息づいています。
ーーー
今日は、こんな曲が聴きたくなりました。
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