Essays & Music

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あの日、贈られた未来

お店を閉めたとき、私はたくさんのものを手放した。

長年使い続けた家具も、思い出の詰まった品々も、ひとつずつ手放していった。ガランとした空間に残ったのは、お気に入りの写真パネルと数枚の絵画、身体の形に窪んだソファ。そして、長い年月を私の傍らで過ごしてくれた、一鉢のシェフレラだけだった。

東日本大震災の直後、東京のお花屋さんが届けてくれたときは、わずか50センチほどの、まだ頼りない苗木だった。

それから16年。

特別な栄養剤を与えたわけでもない。ただ、コップ半分ほどの水を与え、ときどき葉を拭いてあげただけ。それなのに、気がつけば180センチを超える立派な姿になり、今では私の背丈をとうに追い越している。

「生きるために必要なものって、何だろう」

16年前、震災の直後にそう問われたなら、私は迷わず「水と食べ物」と答えただろう。
けれど、あの日、東京のお花屋さんが私に贈ってくれたのは、物資ではなかった。

一鉢のシェフレラだった。

激動の時代も、お店を守ろうと必死になっていた日々も、この子は何も語らず、ただ静かに、実直に、私の頑張りを見守り続けてくれた。
私にとって、一番の相棒だった。
緑の葉を見上げるたび、私は思う。

あの日、お花屋さんが贈ってくれたのは、植物だけではなかったのではないか。あの鉢の中には、「これから」を生きていくための時間――「未来」が、そっと植えられていたのではないだろうか。

最近になって、私は改めてシェフレラのことを調べてみた。

花言葉には「とても真面目」「実直」という意味があり、「繁栄」「発展」「幸運を呼び込む」といった言葉もあるという。そして何より、シェフレラはとても丈夫で、環境への適応力が高い植物なのだそうだ。

そのことを知ったとき、私はしばらく、この鉢を眺めていた。もしかすると、あのお花屋さんは、そんなシェフレラの強さを知っていたのかもしれない。

「どんな環境でも枯れずに元気に育ってほしい」
「これからの復興と繁栄を支えてほしい」
そんな願いを、この小さな鉢に託してくれたのではないだろうか。

震災直後の大変な状況の中で、高齢だったお花屋さんのオーナーが、どんな思いでこの鉢を選び、東京から届けてくださったのか。

あの頃の私は、生きることに必死だった。
だから、贈り物の向こう側にあった、その人の深い思いまで読み取る余裕がなかった。その意味に気づいたのは、何年も経ってからだった。

あのお花屋さんのオーナーさんは、今もお元気だろうか。

もしお会いできるなら、伝えたい。
「あのとき頂いたシェフレラは、今も元気です」
「私の背丈を越えて、こんなに大きくなりました」と。

そして、もうひとつ。
「あの日、未来を贈ってくださって、ありがとうございました」と。

お店を閉め、たくさんのものを手放した今も、この鉢は私の傍にある。かつて50センチだった小さな苗木は、今では天井に届くほどに枝葉を伸ばしている。

私は今、これ以上ないほど贅沢な宝物たちに囲まれながら、新しい未来の前に立っている。
ふと顔を上げれば、そこには、あの日から変わらずに生き続ける緑がある。

きっとこれからも、このシェフレラは静かに私の歩みを見守ってくれるのだろう。

16年前に贈られた、小さな一鉢の「未来」とともに。

ーーー
今日は、この曲を聴きながら……

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