天切り松に連れられて
浅田次郎さんは、私の好きな作家の一人です。
18歳のとき、三島由紀夫の自決に衝撃を受けて陸上自衛隊に入隊。除隊後はアパレル業界やブティック経営など、さまざまな仕事を経験し、40歳で作家としてデビューした浅田次郎さん。
そんな彼の作品の中でも、私にとって忘れられないのが、『天切り松 闇がたり』です。
大正ロマンの東京を舞台に、義賊・目細の安吉一家の義理と人情、そして粋な生き方を描いた物語。
夜盗だった老人・天切り松こと松蔵が、昔の出来事を語り始める「闇がたり」という趣向も、なんとも洒落ています。
この作品は、ミュージカルにもなりました。
イッツフォーリーズによる『天切り松 人情闇がたり』。左とん平さんが松蔵を演じ、その語りで安吉一家の世界を舞台いっぱいに広げていました。私も、この舞台の大ファン。
なんと、4回も観に行きました。
そして、今でも忘れられない出来事があります。
ある日、最前列の真ん中の席で観ていたときのこと。松蔵役の左とん平さんが、後ろ向きにあとずさりしながら、こちらへ近づいてきました。
そして――
なんと、私の膝の上に、ちょこんと座られたのです。突然のことで、私はびっくり。
しかも、そのとき私の膝の上にはアンパンが置いてありました。もちろん、無事であるはずもありません。見事に、ぺちゃんこ(笑)。
舞台の興奮と、突然の出来事と、潰れてしまったアンパン。今となっては、その「潰れたアンパン」までが、私にとって『天切り松』の大切な思い出です。
安吉親分のあの色気。
おこん姐さんの凛とした美しさ。
そして、左とん平さんが演じる松蔵の、飄々としていながらどこか哀愁を帯びた姿。
私はすっかり作品に惚れ込み、『天切り松読本』まで買ってしまいました。
そこには、作品に登場する東京の老舗や食べ物なども紹介されていて、物語の世界が本の中だけではなく、現実の東京へとつながっていくような感覚がありました。
安吉親分は、大きなヤマを踏むときには「ビフテキ」を食べる。それを知ってからというもの、私も大事な仕事があるときには、真似をしてビフテキを食べるようになりました。
なんとも単純な話ですが、こういうところが、物語に惚れ込む楽しさなのかもしれません。
そして、松蔵たちが特別なご馳走を食べに行く場所として登場するのが、上野・不忍池のほとりにある老舗の鰻屋「伊豆栄」。
私は実際にそこを訪れ、普通の鰻と天然鰻を食べ比べてみました。江戸前らしい、醤油とみりんを生かしたキリッとした味わい。箸を入れた瞬間、ふと『天切り松』の世界が頭をよぎりました。
――松蔵たちも、こんな味を楽しんだのだろうか。
そう思うだけで、ただ鰻を食べている時間が、小説の世界を旅する時間に変わったのです。
そして、私がその鰻屋さんへ一緒に連れて行ったのは、二十歳前の若い女性でした。
恵比寿の行きつけの店でアルバイトをしていた大学生です。私が彼女を気に入ったのには理由がありました。
帰り際、彼女は両手を丁寧にお腹に当て、深々と頭を下げて、いつも私を見送ってくれる。
その姿に、私は『天切り松』の安吉親分やおこん姐さんたちが大切にしていたものと、同じ匂いを感じたのです。
「筋を通すこと」
「相手に心を込めること」
それは、言葉で教えるものではなく、日々の所作の中に表れるものなのかもしれません。
だから私は、彼女に歴史のある本物の江戸前の味を体験してほしいと思いました。
若い人に、本物を知ってもらう。
それは、安吉親分が若い松蔵たちに、盗みの技だけではなく、人としての生き方や「粋」を教えていった姿にも、どこか重なるような気がしたのです。
たかが、小説。
そう言ってしまえば、それまでです。
けれど、一冊の本を読んだことで、私は舞台へ足を運び、左とん平さんが膝に座り、アンパンを潰され(笑)、老舗の鰻を食べ、そして一人の若い女性に「本物」を味わってもらいたいと思った。
小説の中の人物たちが、いつの間にか私の現実の人生にまで入り込んでくる。物語とは、なんと不思議なものなのでしょう。
そして――
私をここまで連れてきてしまう浅田次郎さんは、なんという凄腕の作家なのでしょうか。
ーーー
今日の気分は、こんな感じです!
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