忘れられない言葉
理不尽な出来事に遭遇するたび、私は決まって思い出す言葉がある。
「懸情流水 受恩刻石(けんじょうりゅうすい じゅおんこくせき)」
仏教の経典に由来するとされるこの言葉は、「かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻め」と読み下される。若い頃の私は、この言葉をどこか立派すぎる教訓のように感じていた。人はそんなに簡単に恨みを忘れられるものではないし、傷ついた記憶ほど心に深く残る。だからこそ、この言葉は美しくても、現実離れした理想論のようにも思えたのである。
しかし、その意味を私の心に深く刻み込んだのは、一冊の小説だった。輪違屋糸里である。
幕末の京都、島原の花街を舞台に、新選組をめぐる陰謀と女たちの運命を描いた物語。その中で忘れがたい場面がある。新選組局長・芹沢鴨によって無礼討ちにされた音羽太夫が、死の間際、涙に暮れる妹分の糸里に向かってこう言い残すのだ。
「だあれも恨むのやない。ご恩だけ胸に刻め」
その場面を初めて読んだとき、私は息を呑んだ。
理不尽に命を奪われようとしている人間が、最後に口にしたのは怨嗟ではなかった。憎しみでも、復讐でもない。ただ、「恨むな」と語り、「受けた恩だけを忘れるな」と残したのである。
人は追い詰められたときにこそ、本当の姿が現れるのかもしれない。そう考えると、音羽太夫の言葉は、単なる美談ではなく、その人の生き方そのものだったのだと思う。
幕末という激動の時代を生きた女性たちは、多くの場合、自分の意思とは関係なく時代に翻弄された。政治や権力を持つ男たちの争いの陰で、運命を押し流されるように生きなければならなかった。それでも彼女たちは、誇りを失わず、気高く生きようとしていた。
私はこの物語を読むたびに、「本当に強い人とは誰なのか」を考えさせられる。
声を荒げる人だろうか。力を持つ人だろうか。人を支配できる人だろうか。
きっと違う。
本当に強い人とは、理不尽に傷つけられてもなお、憎しみに飲み込まれない人なのではないかと思う。誰かを恨み続けることは、実はとても簡単だ。傷を抱えたまま生きることもできる。しかし、そこで心まで荒ませず、人から受けた優しさや恩義を忘れずにいられる人こそ、気高いのだろう。
もちろん、頭では理解していても、現実には簡単ではない。水に流せることもあれば、どうしても流せないこともある。忘れようとしても、ふとした瞬間に痛みが蘇ることもある。
それでも私は、この言葉を思い出すたびに、自分の心の向きを問い直す。
私は、誰かから受けた小さな親切を、きちんと覚えているだろうか。してもらった恩を、当たり前のように忘れてはいないだろうか。逆に、自分が受けた理不尽や傷だけを、いつまでも握りしめてはいないだろうか。
人の記憶は不思議なもので、傷は強く残るのに、優しさは案外あっけなく薄れてしまう。だからこそ、「恩は石に刻め」という言葉には意味があるのだと思う。石に文字を刻むように、意識して心に留めなければ、大切なものほど失われてしまうからだ。
物語の終盤、糸里は男の権力や情愛に寄りかかる生き方を捨て、一人の人間として生きていく覚悟を決める。その姿は静かで、凛としていて、どこまでも美しい。彼女の強さは、誰かを憎み続ける強さではなく、悲しみを抱えながらも前を向く強さだった。
「懸情流水 受恩刻石」
年齢を重ねるほど、この言葉の重みが少しずつ分かってくる気がする。
人に与えた情けは見返りを求めず水に流す。そして、自分が受けた恩だけは、決して忘れない。それは人間関係の処世術というより、自分自身の心を濁らせずに生きるための知恵なのかもしれない。
凛として前を向いて歩きだす時
聴きたくなる歌があります!
ちょっとしたもの (2021 Remastering)
Official Artist Channel


