父から聞いた物語
昔、岩手県から結納のために、遠く岐阜まで義理の両親に来ていただいたことがある。
結納も無事に終わり、夜は一緒に食事をし、その帰りにホテルまでお送りした車中での出来事だった。
運転していたのは、私が「ツトム兄ちゃん」と呼び、本当の兄のように慕っていた人だった。遠くへ嫁ぐ私を案じてのことだったのだろう。兄ちゃんは、これから義理の母となる人に向かって、ふいにこう言った。
「あなたは少し意地悪そうだから言うのですが、私の妹をいじめたら承知しませんよ」
耳を疑うような言葉だった。私は言葉を失い、ただ冷や汗をかくばかりだったのを覚えている。
しかし義理の母は「あら、仲良くやりましょう」と穏やかに応じ、その場の空気は何とか元に戻った。私は心からほっとした。
けれど、嫁いでしばらく経った頃、兄ちゃんのあの言葉は、あながち間違いではなかったのかもしれないと思い始めていた。
どんなに小さな世界にも「いじめ」はある。
「嫁いびり」という言葉があるくらいだから、多くの嫁たちは似たような経験をしてきたのだろう。どれだけ好意的に受け取ろうとしても、嫁にだけ向けられる嫌味や家事への干渉は、次第に積み重なり、誰の目にも分かるほどの精神的な負担になっていった。
そんなある日のこと、実家の父がふらりと訪ねてきた。結婚式の時は岩手をゆっくり見られなかったから、と言って一人でレンタカーを借り、和井内の山奥にある鄙びた宿に気に入って、一週間近くも滞在していたという。
ある晩、私は父と二人でその宿に泊まった。
遠くに嫁いだ娘を気遣い、様子を見に来たのかもしれない。私が姑のことを話したわけでもないのに、父は静かに、こんな話をし始めた。
☆
昔、姑にいじめられて、もうやっていけないと実家に戻ってきた娘がいたそうな。
その父親は娘にこう言ったという。
「それほどつらいなら、いっそ二人でその姑を殺してしまおうか。だが、仲が悪いままではすぐに疑われてしまう。だからまずは、周りから仲の良い嫁と姑だと思われるように、しばらく芝居をしなければならない。お前は器用だから、きっとできるだろう」
娘は嫁ぎ先に戻り、感じの良い嫁を演じながら暮らし始めた。
やがて誰もが羨むほど、本当の親子のように仲の良い関係だと思われるようになった。
しばらくして父親が「そろそろ実行しようか」と言うと、娘は不思議そうに「何を?」と尋ねた。
父親が「姑を殺すことだ」と言うと、娘は笑ってこう答えた。
「あんなにいい姑なのに、どうして?」
☆
もちろん、父が本気でそんなことを勧めたわけではない。父はきっと、笑顔を失いかけていた私を気遣って、この話をしてくれたのだろう。
もしつらい思いをしているなら、「いい嫁」を演じてみろ、と。そうすれば、何かが変わるかもしれないと、伝えたかったのかもしれない。
その気持ちを思うと、胸がじんと熱くなり、私はただ笑いながら父の話を聞いていた。
その後、長い年月を共に過ごしても、姑を心から尊敬できる人だと思えることはなかった。けれど、その中でも穏やかに暮らす術は見つけた。
「そうですね」「その通りですね」
そう微笑んで応じること。
それだけで、不思議と波風は立たなくなる。
もし今、同じように悩んでいる人がいるなら
一度、試してみてもいいのかもしれない。
忘れられない父の物語を
時折、思い出しながら…
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