生命力の象徴「あしかび」
彼の名は、浅野孝之さんといった。
浅野さんの会社と私は、一度も取引をしたことはなかった。それなのに、時折バイクで私のお店に立ち寄ってくださった。ある日、浅野さんが「石川県に素敵なお店があるんだよ」と話されたことが、私の心に引っかかった。出張の帰りに、その店を訪ねてみることにしたのでした。
そのお店は石川県にあり、名前は「あしかび」。
「浅野さんに素敵なお店だと伺ったので、お邪魔させてください」と伝えて訪れると、店内には数点の高額なインポート商品が丁寧に飾られていた。私が訪れたのは夕方で、オーナーはこう言った。
「今日は自宅で夕食をご用意しておりますので、ぜひお越しください」
そして車で向かったその自宅は、想像をはるかに超える立派な邸宅だった。
車を降りると、晴れた日のはずなのに家の周囲だけが水を打ったように濡れている。私はふと、実家が料理屋だったころを思い出し、お客様を迎える前に水を撒いた記憶を口にした。するとオーナーは、にこやかに「よく気がついてくださいましたね」と微笑んで案内してくれた。
広々とした玄関に入ると、お手伝いの方が両手をついて挨拶してくださった。私は少し緊張した。オーナーは説明してくれた。
「うちには障害を持った子供がいるので、今日はお手伝いさんにフランス料理をお願いしました」
その邸宅は、日の出から日没までを見渡せる設計になっており、私がこれまで訪れた家の中で、桁違いのもてなしがそこにあった。
15歳ほどのお子さんは、未熟児で生まれ、酸素供給が止まったため歩行や知的面でサポートが必要だった。その子と一緒に皆でフランス料理をいただき、ソファに移ってくつろいでいると、子供が這ってコーヒーカップの持ち手を口でくわえ、私のところまで運んできた。「彼なりに、あなたを歓迎しているのよ」とオーナーが笑う。あんなに心のこもったもてなしを受けたことは、これまでなかった。
珈琲を飲みながら、オーナーはブティックの名前の由来を話してくれた。
「葦牙(あしかび)は、水辺に新しい芽が力強く生まれる様子を表す古の言葉です。踏まれても倒れても、また真っ直ぐに立ち上がる――困難にも負けず、しなやかに生きる力を込めた名前です」
胸が熱くなった。単なる植物の芽の名ではなく、命の力、挑戦する心がそこに宿っている。
15年前の震災のとき、浅野さんはこう言ってくれた。
「あなたは実績と経験と信頼と創造力のある方です。生きていれば、何でもできます。私は、あなたにもう一度期待します」
その後、浅野さんを訪ねたときには、すでに亡くなっていた。そして「あしかび」に電話をかけてみると、「この電話は使われていません」とのことだった。
それでも、私は思う。困難にも負けず生きた方々と出会えたことは、何にも代えがたい財産だと。
そして、「あしかび」という名前の持つ、しなやかな生命力は、今も私の胸に生き続けている。
今日は、私の好きなBoaelli親子の
素晴らしい演奏と歌をお届けします
Andrea Bocelli, Matteo Bocelli – Fall On Me (Official Music Video)
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