恋は突然やってくる
山手線で渋谷へ向かっていた、午後のことだった。
向かいの席に、濃紺のスーツを着た外国人の男性が座っていた。ネクタイは落ち着いたブルー。けれど、その胸元に無造作に垂らされたストールは、目の覚めるような鮮やかな青だった。深い紺と、澄んだ青。そのコントラストがあまりにも美しくて、私は思わず見とれてしまった。
ほどなくして渋谷に到着し、私は席を立った。すると、その紳士も立ち上がり、同じくホームに降り立った。
背後から声をかけられた。振り向くと、やわらかな響きの言葉——フランス語のようだった。戸惑っている私に、彼は日本語で書かれた名刺を差し出した。そこには、大手企業に所属する物理学者とある。
ホームの端で、私たちはジェスチャーと片言の英語で言葉を交わした。
「あなたが降りたから、僕も降りてしまいました」
そう言って彼は少年のように笑った。
彼はフランス人だった。実はその一か月後、私はフランスへ旅立つ予定になっていた。渡航前に少しでも話を聞けたら——そう思っていたところへ、「今度、会いませんか?」と誘われた。偶然が背中を押した。
十二月のある日、私たちは再び会った。
彼は、サンジェルマンに住んでいると言った。高校生の子どもが二人いて、妻とは離婚していることも。「でも、今でも少し愛しています」と、どこか照れたように微笑んだ。その正直さに、何故か私はとても好感をもった。
帰り道、二人で冬の渋谷を歩いていたときのことだ。
突然、走ってきた女性が私たちの脇を通り過ぎようとして、凍った路面に足を取られ、激しく転んだ。しばらく立ち上がれないでいる彼女を、多くの人が遠巻きに見ていた。誰かに追われている様子もあり、巻き込まれたくないという空気が漂っていたのかもしれない。
そのときだった。
彼は迷いなく女性に近づき、手を差し伸べ、立ち上がらせた。そしてスカートの汚れを払い、「大丈夫ですか?」と声をかけた。
私は——ただ見ているだけだった。
咄嗟に動けなかった自分を、少し恥じた。
けれど彼は、ごく自然にそうしたのだ。それが特別なことだとは思っていないように。
国籍も、肩書きも関係ない。
素敵な人は、どこにでもいる。
あの瞬間、私は会ったばかりの彼に、ほんの一瞬で恋をした。
昔のフランス人の彼を思い出すと無性にフランス語の歌が聴きたくなります。今日は、この曲を…
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