新月伐採と一本の柱
以前、たまたま手に取った一冊の本が「新月伐採」について書かれたものでした。ちょうど同じ頃、京都の建築家の友人もその本に出会っていたことを知り、不思議な縁を感じました。同じ興味を抱いた私たちは意気投合し、東京・お台場で開かれた新月伐採のセミナーに参加したのです。
新月伐採とは、樹液の流れが最も少なくなる新月の頃に木を伐る伝統的な手法です。この時期に伐採した木は水分や養分が少ないため、乾燥しやすく、腐りにくく、虫もつきにくい良質な木材になると言われています。
しかし私たちは、その話をただ信じるのではなく、自分たちで確かめてみたくなりました。京都から来てくださった建築家の友人、地元の材木店の方、そして林業に携わる方々とともに新月の日を待ち、実際に木を伐ることにしたのです。季節は、確か冬を迎える少し前だったように記憶しています。
初めての伐採作業は、知らないことばかりでした。木を安全に、しかも狙った方向へ倒すためには、「受け口」と「追い口」と呼ばれる切り込みを入れる技術が必要です。まず木の直径の三分の一ほどまで水平に切り込みを入れ、そこへ三十〜四十五度の角度で斜めに切り進めて、きれいなくさび形の受け口を作ります。そして反対側から、少し高い位置に追い口を入れるのです。その一つひとつに、長年培われた知恵と安全への配慮が込められていました。
やがて木が倒れる瞬間が訪れました。大地に響くような音とともに巨木がゆっくりと傾き、山に静かな衝撃が走ります。見ているだけでも胸が高鳴りました。
その時、私はその木に何か神聖なものを感じました。何十年、あるいは何百年ものあいだ、この山に立ち続け、四季の移ろいを見つめてきた木です。風の日も雪の日も、ただそこに立ち続けてきたのでしょう。木が倒れる瞬間、私は思わず手を合わせていました。
その後、私たちは新月に伐採した木と満月に伐採した木の両方を調べ、データを比較しました。しかし結果としては、水分量などに大きな差は見られませんでした。近年の科学的な研究でも、「月の満ち欠けによる木材の性質の違いは明確には確認できない」とされており、私たちの実験結果とも一致していました。
ただし、新月伐採にはもう一つ大切な要素があります。それは、冬に伐採した木を数か月間そのまま山に置き、葉をつけたまま乾燥させる「葉枯らし乾燥」です。良質な木材になる理由は、月の満ち欠けそのものではなく、冬に伐採し、十分な時間をかけて葉枯らしを行うことにあるのかもしれません。
日本の神社仏閣が何百年にもわたってその姿を保ち続けている背景には、こうした木との向き合い方があると言われています。季節を見極め、時間をかけて木を育て、伐り、乾かす。その丁寧な仕事は、効率を重視する現代の人工乾燥材とは異なる価値を持っているように思います。
今では、私たちが山から切り出し、自ら検証まで行った木が、どこかで誰かの家を支える建材になっているかもしれません。そう思うと、不思議なロマンを感じます。
新月伐採を体験したことで、私は家の柱を見る目が変わりました。一本の柱の向こうには、山で過ごした長い時間と、それに関わった多くの人の手間と想いがあります。家を支える一本の木にも、それぞれの物語があるのだと感じるようになったのです。
山の中でこんな曲は如何でしょう
The Sound of Silence
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