羽澤ガーデンの夜
最初に 羽澤ガーデン へ連れて行っていただいたのは、行きつけにしていた店のオーナーシェフでした。
その日も私は、いつものように一人で食事をしていました。気がつけば、最後の客になっていたようでした。
「この後、お茶でもいかがですか?」
そう声をかけられ、彼は店の片付けをスタッフに任せると、しばらくして白衣からジャケットに着替え、ほのかにオーデコロンの香りをまとって現れた。
タクシーで向かった先は、恵比寿と広尾の間だっただろうか。
緩やかな坂を上がり、公道からはすぐには見えない場所へと入っていく。まるで、どこかの隠れ家へ導かれていくようだった。モーテルの入口のようにも見える門をくぐった瞬間、私はわずかに体を強張らせた。すでにそこには、日常とは切り離された空気が流れていた。
足を踏み入れたとき、思わず足がすくんだ。
そこは単なるレストランでもバーでもなく、別の時間が流れる世界のように感じられた。
庭の見える席に案内されると、外にはかがり火が焚かれ、その炎が静かに揺れながら庭を照らしていた。
幻想的なその光景の中で、時間はゆっくりとほどけていくようだった。
もう、あのような場所はどこにも存在しないのかもしれない。
そう思うと、あの夜の記憶は、いっそうかけがえのないものとして心に残り続けている。
後になって知ったことだが、羽澤ガーデンは、もともと 中村是公 の私邸であったという。
大正期に建てられたその建物は、戦後には別の役割も担いながら、やがてレストランとして人々に開かれていった。
時代ごとに姿を変えながらも、政財界の人々や文化人、そして洗練された大人たちが集う場所であったと聞く。
私はその夜、お茶ではなくシングルモルトをいただいた。
遅い時間でもあり、長く滞在したわけではなかったが、不思議と、ゆったりとした時間の流れだけが深く心に残っている。
流れていた音楽も印象的だった。
ときおり、自分の持っているCDと同じ曲が流れると、それだけで少し誇らしいような、嬉しい気持ちになった。
そして私は、その場所に身を置いて、ようやく理解したのだった。
なぜ彼がジャケットに着替え、香りをまとって現れたのかを。
あの空間に入るためには、それ相応の装いと心構えが必要だったのだ。
そうして身なりを整え、私を誘ってくれたその心遣いを、私は一人の女性として、素直に嬉しく感じていた。
あの夜を境に、私の中で何かが、静かに動き始めたように思う。
洗練された羽澤ガーデンの夜を
思い出して。FKJの曲から…
FKJ, (((O))) – Vibin’ Out
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