幸せになるための条件
高校を卒業してしばらくのあいだ、私は家業を手伝っていた。電話応対や事務が主な仕事だったが、掃除や宴会の準備、料理の盛りつけ、皿洗いまで、できることは何でもした。
ある日、集金した現金の確認をしていたときのことだ。どうしても二万円が合わない。集金を担当した従業員を呼び、「もう一度、照合してもらえませんか」と伝えた。
すると彼は、少しもためらうことなく言った。
「私が取りました」
その言葉の意味を、すぐには理解できなかった。理解した瞬間、体が震え出した。悪いことをしたのは彼のはずなのに、まるで自分が何かをしでかしたかのように、震えは止まらなかった。
「返していただけませんか」
そう言うのがやっとだった。
後で父にその話をすると、父は「そうか……」と、ただ一言、寂しそうに言っただけだった。私にとっては、身近で初めて遭遇した小さな犯罪。しかし父は、これまでの人生で同じような理不尽を幾度も見てきたのだろう。
思い出すのは、昔の「通い帳」のことだ。八百屋とのあいだで使っていた掛け売りの記録帳である。月末になると、「締めてください」と言って帳面を店に預け、後日、請求書とともに受け取るのが習わしだった。
ある月、帳面を受け取った私は、思わず手を止めた。最後に自分が買った記録のあとに、いくつもの品目が書き足されていたからだ。
「これは誰が買ったものですか」
問いただすと、八百屋の息子が書き足したものだと分かった。その夜、年老いた母親が果物を手に、父のもとへ詫びに来た。私はまた、人の弱さや醜さに触れ、どうにも割り切れない思いを抱えた。
その日の出来事を母に話すと、母は「そう……」と静かに受け止め、やがてこう言った。
人間は、正しい人ばかりではないのよ。弱さも、ずるさも、怠け心も、全部ひっくるめて人間なの。
自分は正しいという気持ちだけで人を見るなら、それは何かが足りないということ。「どうしてそんなことをしたのだろう」「魔が差したのかもしれない」と思えないなら、人の非を許せないままになる。そんなあなたは、きっと幸せになれないわ。
そして、こうも続けた。
人の弱さが分からないなら、自分でも一度、ずる休みでもしてみるといい。そうすれば、少しは分かるから。
年月が流れ、母は ALS を患った。手足も、のども、やがて呼吸する力さえ失われ、最後には瞼しか動かせなくなった。それでも母は九年を生きた。
最期に会いに行ったとき、母は瞼でパソコンを操作し、長い時間をかけて、短い文章を打ち込んだ。
「あなたの欠点は、人を心から許せないこと」
「人に寛容でないと、あなたは幸せになれない」
それが、母の最後の言葉だった。
母は知っていたのかもしれない。穏やかな心に宿る幸せは、人を心から許すことでしか得られないのだということを。
母が私に伝えたかったのは、幸せになるための「心の持ち方」だったのだと思う。
母の最後の言葉を思い出しながら
The Bygone Days (From “Porco Rosso”)
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