「デュエル」の似合う男
ホテルの化粧室で、ひとりの女性が私をじっと見ていた。鏡越しに視線が何度も絡み合う。私が化粧直しを終えるのを待つその目には、単なる好奇心以上の何かが宿っていた。
「突然、失礼ですが……お使いの香水の名前を教えていただけませんか?」
その問いに胸が少し高鳴る。
香りは、私の中で密やかな秘密だった。フルネームで答えられず、少しだけ口ごもる。
「家に帰って、瓶を見ないと分からないので…」
しかし彼女は諦めなかった。紙に自分の電話番号を書き、私に差し出す。
「お電話、いただけませんか?」
声の奥に、欲望にも似た切実さがある。
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家に帰り、棚に置かれた香水を手に取る。かつて茶色だったボトルは今は透明。そこに刻まれた文字は、
Annick Goutal 「Duel(デュエル)」
スモーキーなマテ茶の香りが微かにほろ苦く、だが深く温かく立ち上る。メンズ用として手にしたこの香水を、私は知らぬ間に自分のものとして愛用していた。
私は見知らぬ女性に電話をかけた。
「Goutal Paris、Duel です」
受話器の向こうで、息をのむ声が聞こえた気がした。
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この香りを選んだのは、単なる好みだけではない。流行に流されず、少し危うく、記憶に深く刻まれる香りだから。
もし男性がこの香りをまとうなら、私は無意識にその懐へ身を寄せたくなるだろう。彼の体温、彼の息遣い、全てを感じたくなる香り。もしかしたら、あの女性も同じ衝動に駆られていたのかもしれない。
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私は想像する。
「デュエル」の似合う男性を。
中世の騎士が、深い森を馬の背で駆け抜ける。革のブーツが地面を打つたび、強さと官能が混ざり合う。その男は落ち着きと危うさを同時に抱え、言葉少なに存在感を漂わせる。
黒か深いネイビーの服。タイト過ぎないシルエット。そして、香りで色気を引き出せる男。目が合っただけで心臓が早鐘を打つ。近くに寄れば、彼の香りに意識が溶ける。
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私は自分のうなじに、そっと半プッシュする。
強すぎてはいけない、控えめであるほど、香りは情熱を帯びて揺らめく。この香りは、誰にでも似合うものではない。
もし「デュエル」の似合う男性が現れたら、忘れられない記憶と香りが重なり合うだろう。
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けれど、私はまだ出会えていない。
「デュエル」この香りが似合う男…
今日は、懐かしいこの曲を…
Comment te dire adieu (Remasterisé en 2016)
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