Essays & Music

⭐︎Thin Blue Line

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美意識の旅人

青山の骨董通りに、かつて DECOdeBONAIR というお店がありました。
このお店は、アッシュ・ペー・フランス がプロデュースしたもので、フランスの作家や無名のデザイナー、アート、骨董品などを「編集して見せる」文化を持っていました。テーマは「大人の男の生活の美意識」。そのコンセプトが、店の空間全体に息づいていました。

私にとって、あの店ほどセンスの良い場所を見たことはありません。
商品の並べ方だけではなく、空間そのものを作品として作っている点が、何より魅力的でした。訪れるたびに、少しずつ違う顔を見せる店。まさに、毎回が新しい発見の連続でした。

その魅力の一つは、バイヤーである上尾智昭さんが旅する人だったことです。ヨーロッパやパリの蚤の市などから、直接物を見つけてきたのです。

私が最初にその店を訪れたとき、天井の高い空間にレイアウトされた商品とディスプレイに圧倒されました。今まで、これほどまでに私の興味を惹き、心を奪うセンスに出会ったことはありません。

その日、私が一番欲しかったのは、古い油絵で裸体の女性が描かれた作品でした。値段は私には手の届かないものでしたが、動けずにいる私に声をかけてくれたのが、まさに 上尾智昭さん でした。彼はその絵をパリの蚤の市で仕入れてきたと言いました。

「この裸体の油絵、素敵だったので連れてきました。値切ろうとしたけれど、売り手は一円もまけなかったんです。おそらく描かれた女性を愛していたのでしょうね」

そう語る彼の目は、誇らしげでありながら優しく、私が絵を気に入ったことをとても喜んでくれました。

上尾さんは、単なるバイヤーではありませんでした。「物の背景の物語ごと持ってくる人」 だったのです。

今は、あの素敵なお店はもうありません。青山の地価が上昇し、美意識を追求した小さな店が続けにくくなったこと、そして「編集型の店」の時代が終わったことが理由でしょう。昔はお店そのものがキュレーターでしたが、今はSNSがその役割を担うようになりました。

DECOdeBONAIR のような店が生まれた理由の一つに、日本人の特殊な才能があります。海外のデザイナーもよく言っていました。「日本人は、物を編集する天才」だと。フランスの蚤の市の作品や無名のアーティスト、古い家具などを組み合わせて、一つの世界観にしてしまう力です。

お店の若いスタッフも魅力的で、皆が仕事を楽しんでいるのが伝わってきました。夜に隣の和食店「東京十月」に行ったときも、閉店後に売り場のディスプレイを真剣に整えている姿を何度も目にしました。

上尾さんは業界でも、「バイヤーというより審美家」と言われていました。気さくで優しい話し方をする方でしたが、ただならぬセンスは誰の目にも明らかでした。普通のバイヤーが「売れるもの」を探すのに対し、彼は自分が本当に好きなもの、物の背景にある物語、空間としての美しさを大切にしていました。

数年前、上尾さんがお亡くなりになったという話を聞きました。メディアに出る方ではなかったため大きなニュースにはなりませんでしたが、青山の古い関係者の間では
「ああいう審美眼の人は、もう出てこないかもしれない」
と言われています。私も、彼以上の方を知りません。

そして、その頃の20代の若いスタッフたちが、いつも私に丁寧に商品を説明してくれました。上尾さんはそれを見て、目を細めながら「スタッフにいいお客様がついた」と喜んでいました。あの光景も、私の中の素敵な思い出の一つです。

あの素敵な空間、DECOdeBONAIRと
好きだった上尾智昭さんを思い出して…

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