葉巻とマネークリップ
もう二十年以上も前のことになる。
ある雑誌で紹介されていた小さな店に、どうしても行ってみたくなった。
店の名前は「DAILY CATCH」。
骨董通りから少し入ったところにある、アンティークの店だった。
ようやく見つけたその店は、思った以上に静かな空間だった。品数は決して多くない。しかし、不思議なことに、並んでいるものがどれも私の感性にぴたりと合う。まるで、私が欲しいと思うものばかりがそこに置かれているようだった。
その日、私が選んだのは三つ。
ひとつは、古びた鉄で作られた女性のハイヒールの形の栓抜き。もうひとつは、三角形の白い灰皿。そして最後まで迷ったのが、銅で作られた四角い中国茶の茶葉入れだった。
会計のとき、女性のスタッフが嬉しそうに言った。
「その灰皿とお茶入れは、オーナーのデザインなんですよ」
私は少し驚きながら、その品を持ち帰った。
そして、店のオーナーである 渡邊かをる さんに、思わず手紙を書いた。
「素敵なお店ですね。三点ほど買わせていただきました。知らずに選んだものの中に、渡辺さんのデザインが二つもあったと聞いて、とても嬉しく思いました」
そんな内容だったと思う。
しばらくして、電話が鳴った。
渡辺さんご本人からだった。
次の出張のときに会いましょう、ということになり、出張の夜に私は、約束の場所に向かった。
待ち合わせは西麻布の交差点。
現れた渡辺さんは、会った瞬間、少し小柄な方のように思ったのだが、一緒にいるうちに彼はとても大きく見えた。
そこから根津美術館の方向へ少し歩き、路地に入ったところの店へ連れて行かれた。看板も何もない店だったが、渡辺さんが戸を開けると、店主が当然のように迎え入れた。どうやら一見さんお断りの店らしかった。
料理がいくつも運ばれてきたが、いまでもはっきり覚えているのは、紋甲烏賊をさっと炙り、青海苔をまぶした一皿だった。これほどシンプルで、素材の味を引き出す料理はなかなかない。実家が料理屋だった私は、その腕前の確かさにすぐ気がついた。ただ、青海苔が歯につかないように上手に食べたいと、妙に気を使っていたことまで覚えている。
「次に行こう」
そう言われて連れて行かれたのは、「Swanky」という店だった。どうやら渡辺さんのお店の一つらしい。
そのとき私は、渡辺さんがどんな人なのかほとんど知らなかった。
渡辺さんは名刺を四枚差し出した。
「HABANA ROOM」
「THE BANK」
そこで初めて、彼が有名なアートディレクターだと知った。
渡邊かをる さんは
「日本大学芸術学部」でデザインを学び、
その後 VAN Jacket の宣伝部に入り、独立した人だという。
普通のデザイナーとは少し違い、バーや道具、空間など、生活文化そのものをデザインしてきた人でもあった。
店に入ると、私のコートをさっと脱がせてピアノの上に掛け、席を勧めた。私は渡辺さんと同じ洋酒を頼んだ。
ふと良い香りがすると思ったら、渡辺さんは葉巻を手にしていた。
しかし不思議なことに、私はその夜、渡辺さんがいつ葉巻に火をつけ、いつ消したのかを見ていない。まるで手品を見ているようだった。
さらに驚いたのは会計のときだった。
渡辺さんはポケットからマネークリップを取り出し、そこから紙幣を抜いて支払った。
マネークリップというものを、私はそのとき初めて見た。
店を出てコートを着せてもらうと、
「もう一軒行こう」
渡辺さんはそう言った。
「明日は朝から仕事がありますから」
と私が言うと、渡辺さんは少し笑って、
「私もですよ」
と答えた。
結局、私たちは、近くの小さな店に入った。丸いテーブルがいくつも並ぶ、オープンカフェのような店だった。もう夜中の一時を過ぎていたと思う。
楽しい時間は、本当にあっという間だった。
その後、私の店の夏のDMカードのデザインを、渡辺さんにお願いしたことがある。打ち合わせで セルリアンタワー東急ホテル のロビーに現れた渡辺さんは、黒いパンツに白い長袖シャツの袖を肘までまくり上げていた。
その姿を見たとき、私はふと思った。
大人の男の人は、きっと半袖のシャツを着ないのだろう、と。
私の中で「いい男」というもののイメージが、そのとき勝手に出来上がったのである。
そして今でも思う。
渡辺かをるさんほど葉巻とマネークリップが似合う人を、私はその後の人生で見たことがない。もしかしたら、葉巻の煙の向こうにいたあの夜の姿が、私の中で「大人の男」というものの基準になってしまったのかもしれない。
葉巻の煙の中で、こんな曲を…
My One And Only Love-John Coltrane
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