交差点の真ん中で
よく晴れた秋のある日。渋谷の交差点では、信号が変わるたびに大勢の人が行き交い、どこからこんなに人が湧いてくるのだろうと思うほどの賑わいでした。私はその日、渋谷のスクランブル交差点を渡っていました。
すると突然、
「お茶しませんか?」
と声をかけられました。
振り向くと、そこには五十代くらいの紳士が立っていました。落ち着いた身なりで、どこか品のある雰囲気の方でした。いつもの私なら、そんな誘いに応じることはありません。けれど、その人は青空を見上げながら、私の返事を待っていました。その仕草が不思議と少年のように見えたのです。
「ちょっとだけでしたら……」
私はそう答えて、その方と近くの喫茶店に入りました。
その日は新幹線の時間を気にしていたので、三十分ほどの短いお茶の時間でした。別れ際にいただいた名刺には、「コピーライター」と書かれていました。私の周りにはいない職業でしたので、とても興味を覚えたことを覚えています。
それから数日後、お店に戻って仕事をしていると、一通のFAXが届きました。差出人は、あのコピーライターの方でした。そこには、たった一行だけ書かれていました。
「今日は、爽やかな雨です」
コピーライターとは、企業の商品やサービスの魅力を伝え、人の心を動かす言葉を生み出す仕事だと聞きます。その一文を見たとき、私は「なるほど」と思いました。
短い言葉なのに、そこには挨拶があり、季節があり、そして相手を気遣う気配がありました。
当時はまだメールが一般的ではなく、仕事の連絡もFAXでやり取りすることが多かった時代です。けれど、その一行はただの連絡ではなく、小さな手紙のように感じられました。
私も少し冗談めかして、返信を書きました。
「私の心に侵入した〇〇菌」
直接言いすぎず、少しユーモアを交えた言葉。
そんな、ささやかな言葉のキャッチボールが楽しい時間でした。
ある日、私が上京した折に、その方が食事に連れて行ってくださいました。日赤医療センターを少し下ったあたりだったと思います。和食をベースにした創作料理のお店で、落ち着いた空間の素敵な店でした。たしか「春秋」という名前だったように記憶しています。
その席で、彼は渋谷の交差点で私に声をかけた理由を話してくれました。
「この人と話したら、面白そうだと思ったんです」
そう言って笑いました。
話し方も声も穏やかで、話題も尽きず、時間が過ぎるのがあっという間でした。
けれど、私たちが会ったのは、その一度きりでした。とても素敵な方でしたが、どこかに女性の影を感じたからです。それに、ふとした仕草の端々に、ずいぶん遊び慣れている人の気配もありました。
人生には、短い出会いのままで美しく残る関係というものがあってもいい。
私はそう思っています。
彼とのことは、それ以上書かないことにいたします。名刺も、もう手元にはありません。
ただ、あの日の渋谷の青空と、
「今日は、爽やかな雨です」
という一行だけは、今でも静かに心に残っています。
コピーライターからの手紙を思い出して…
Love Letter [official lyric video] by Anthony Lazaro and Sarah Kang
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