あの日に学んだこと
震災から十五年が過ぎた。けれども、あの日の光景は、今も私の記憶の中で色あせることなく残っている。あの出来事は、私の人生の中で最も忘れられない経験であり、人として大切なことを深く考えさせられた出来事でもあった。
あの日、津波は沿岸の道路を押し流し、町の姿を一瞬にして変えてしまった。私は翌朝、山道を通って何とか自宅へと戻った。家族が無事であることを確認したときの安堵は言葉では言い表せない。しかし、町の様子は目を覆いたくなるほど無残だった。まるで空爆を受けたかのように建物は壊れ、津波が持ち去った後には火災が起こり、町のあちらこちらから煙が燻っていた。焼け焦げた瓦礫と泥に覆われた町を見渡しながら、胸が締め付けられる思いがした。
町にあったスーパーマーケットも例外ではなかった。店内の商品は泥まみれになって駐車場まで流れ出し、海水に浸かった食料や日用品が散乱していた。使えるものがあるのかどうかも分からない状態だったが、すべてを流されて身一つで逃げてきた人々は、何か少しでも役に立つものがないかと、そこに集まっていた。
そのときだった。スーパーマーケットの経営者がメガホンを手に取り、人々に向かってこう呼びかけたのである。
「皆さん、もしお使いになれる物があれば、ご自由にお取りください。」
私は思わずその人の顔を見た。非常時とはいえ、黙って品物を持っていけば、どこか後ろめたい気持ちが残る。しかし「どうぞ、ご自由に」と言われれば、その行為は公然と許されたものになる。混乱の中で人々の気持ちを思いやり、すぐにその決断を下せることに、私は深く感心した。やはり人の上に立つ人は違うのだと感じた瞬間だった。
その後も、その経営者は町の人々のために奔走していた。「今日は林檎が手に入りました。ひと山五百円で販売します」「今日は玉ねぎが入荷しました」と、限られた食料を何とか確保し、人々に届けようとしていたのである。
震災直後に配給されたのは、家族の人数分の冷たいおにぎりだけだった。寒さの中で食べるそのおにぎりは、空腹を満たすことはできても、心まで温めてくれるものではなかった。
そこで私は思いついた。大きな鍋を卓上コンロにかけて出汁をとり、冷蔵庫に残っていた野菜と配給のおにぎりを入れて、最後に卵でとじたのである。おにぎりは少ない量だったが、雑炊のようにすることでかさが増えた。それを近所の人たちにも分けた。温かい食べ物を口にしたとき、人は体だけでなく心まで温まるのだと、そのとき初めて実感した。
震災から二日ほど経ったころ、私が娘のように思っている友人が、私を心配して自宅まで来てくれた。久しぶりに顔を合わせた私たちは、お互いの無事を確かめると、言葉を交わすこともなく手を取り合い、近くの公園の周りを三周歩いた。言葉がなくても、互いの気持ちは十分に伝わっていた。
彼女が持ってきてくれたのは、米二俵、ガソリン二缶、現金十万円、そして野菜だった。そのどれもが、当時の私にとって最も必要なものばかりだった。食料が家にあるというだけで、これほど大きな安心感を得られるのかと、改めて感じた。
自分の損得を考えずに人々のために行動したスーパーマーケットの経営者。遠い道のりをものともせず、必要なものを抱えて駆けつけてくれた友人。あの日、私は多くの人の思いやりに支えられていた。
そして同時に、自分は人のために同じように行動できるだろうかと考えた。あのとき私は強く思ったのである。もし誰かが困っているときには、迷わず手を差し伸べられる人間になりたいと。
震災は多くのものを奪った。しかし同時に、人が人を思う心の尊さも教えてくれた。あの日に学んだことを、私はこれからも決して忘れずに生きていきたいと思っている。
私の心を穏やかにしてくれる曲を…
皆さんが、よくご存知の曲ですよ!
Laputa – 天空の城 Castle in the Sky (LinLin Wang Erhu Cover 王林琳二胡演奏)
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