質屋に入れた時計
私の父が、銀座の鮨屋で働いていた頃の話です。父は店の休みの日でさえ、薪を割り、掃除をし、黙々と働く人でした。仕事に対して手を抜くということを知らない人だったのだと思います。
ある休みの日、日頃お世話になっている知人を訪ねました。突然の訪問にもかかわらず、その家の主人は大変喜び、「今日はゆっくりして、夕飯でも食べていってくれ」と温かく迎えてくれたそうです。
しばらく談笑したあと、主人は奥へ下がり、来客用の夕飯を用意するよう家人に伝えにいきました。すると、奥から小さな声が聞こえてきます。
「そんな急に言われても、お米もありません…」困ったような奥様の声でした。
それを耳にしてしまった父は、何も知らないふりをして立ち上がり、「もう一軒、寄るところがありますので、二時間程したらまたお邪魔します」と言って、その家を後にしました。
父の給金は決して多くはありませんでした。ふと、腕時計に目をやります。それは父にとって思い出の品でした。
入ったこともなかった質屋の暖簾を、その日、父は初めてくぐったのです。
時計は思ったほど高くは評価されなかったようですが、それでも父は受け取った金で米や食材を買い求めました。そして二時間後、何事もなかったかのようにその家を再び訪ねたのだそうです。
質屋というのは、品物を預けて金を借りる店です。期限までに元金と利息を払えば品物は戻りますが、返せなければ「質流れ」となり、店のものになります。
父が質屋を利用したのは、後にも先にもその一度きりだったといいます。
あの時計がその後どうなったのか、私は聞いていません。
けれど父にとって、あの時計は時を告げる道具以上のものだったはずです。あの日、父は大切な思い出と引き換えに、もう一つの大切なもの…人の面目と温かい心を守ったのだと、私は思っています。
万讃歌 meets 北斎
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